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9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [13]

 「スライドをご覧ください。私が住んでいる場所には天然杉があります。天然杉は芦生杉と呼ばれます。杉は一属一種、地球上で日本にしかないものです。 人間が植えたものではなく、もともとあった芦生杉が、広葉樹のブナやミズナラと混交しているのが、私が住んでいる一帯の、森林の姿です。 切り株の上に更新して、新しい木が生えている写真をご覧ください。 これはどういうことかと言いますと、針畑の地元の人達は、天然林か...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [12]

 「なんとか危うく難を逃れ、無事帰ってくることができたのですが、なぜそこで私が熊に襲われなければいけなかったのか、そこからいろいろ考えたわけですが、実は、私が住んでいる奥山は、もうその辺りにしかブナが残っていません。  昔、地元の人たちがお金に困って、部落有林、共有林を全部まとめて何百丁という山を私企業に売ってしまったそうです。 昭和30年代から40年代にかけて、恐ろしい程のブナの原生林を構成していた...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [11]

 「不殺生戒という、戒がありますが、それは命を殺してはいけないということではなく、本来的に生命というものは、殺しようが無いということなのです。それほど我々は一つだということです。   話は変わりますが、私は一度、熊に襲われたことがあります。11月中旬の頃でした。私の家から少し山に行った奥に子母婆(こもんば)の滝という、よく行く滝があります。母親と娘が、そこに篭って修行していたという伝承があります。 ...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [10]

 「そこからディープエコロジーという考え方も出てきたわけですが、時間に限りがありますので、詳細にふれることは出来ませんが、中でも重要なものは自己実現、本当の自分を実現すること、です。  本当の自分とは、世界から孤立した「色」としての自分だけではなく、「空」としての自分、宇宙一切と繋がっている自分のことです。 それは、特定の、いわゆる宗教を説いているような人たちの問題ではなく、実は全ての人がそういう...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [9]

 「その無明を越えるために、かつて日本の文化の中には、ありとあらゆるところに、本来の自分に出会うための装置のようなものがずっと継続されてきました。そのひとつが祭りであったり、修験道であったり、今でも御年配の方にお見かけしますが、太陽に向かって静かに手を合わせるような、身近な太陽信仰であったりしました。 我々は今、科学的知識として、太陽と光合成、そして呼吸によって我々の生命活動が支えられていることを...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [8]

 「このことを、単純に人間的に、倫理的に考えて許されることなのかどうなのか、知らなければどうということもないのですが、そういった事実を知っていると何か腑に落ちないものが、いきいきと生きられないものがあるように思います。 この現代の状況は、仏教で言えば、大変厳しい言い方になりますが、餓鬼道であると呼ばざるを得ません。針のような喉しか持たないのに、巨大な食欲を持っている、そのような存在を餓鬼と言います...

小雪摂心の日程

 「小雪摂心」の日程11月21日(水)~25日(日)正午まで。いつものとおり、いつ来られてもいつ帰られても自由です。寒くなりましたので、暖かい下着や服装を準備して下さい。また積雪があっておかしくない季節ですので、自家用車で来られる方は、万全の準備をしてお願い致します。(摂心中の23日には、福井県の環境団体「若狭森の会」のメンバーが根来坂の峠を越えて来舎し、お話と参禪をされます。)學道舎からの便り庭...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [7]

 「ディープエコロジー、これはノルウェーのアルネ・ネスという哲学者が、1972年に初めて使った言葉です。この方が1989年に日本を訪れた時、小浜市を案内してほしいという事で、二日間コーディネーターとして御一緒させて頂いたことがあります。  アルネ・ネスの唱えているディープエコロジーは、現在のエコロジーはshallow ecology、浅いエコロジーであると定義しています。 それはどこまで行っても、先進国と言われる国々の...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [6]

 「般若心経の、「色即是空 空即是色」の「色」とは、我々が日常的に目で見ている、物質的な現象として現れている、そしてそれを我々が意識の働きによって識別し、知覚している世界のことです。  それが「空」である。「空」とは識別しうるような境界などあるべくも無い、実体のない空っぽを意味します。  色という、個別的に境界線によって区切られた、人間であればこの皮膚の中にだけ自分がいる。そして皮膚から外側は全て...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [5]

 「現代において、仏教にはそれぞれの宗派があり、別々の教義から物事を考えているわけですが、禅というものは、そういうものでありません。 全て、釈尊が御自分自身を探求した、人間というのは、どういう存在なのかということを探求した上で、初めて説かれているものです。  ダルマとは、存在の真理のことを言います。それは人間の一切の介在を許さないものです。目を見えなくさせている、人間のはからいの全てを捨て、存在の...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [4]

 「前置きが長くなりましたが、本題の「ダルマとディープエコロジー」に入りたいと思います。  根源的に自分自身を問い直したいと思ってやってきたこと、簡単に言えば禅であるわけですが、その結果分かったこと、つまるところ禅は何を伝えようとしているのか。  例えば、現代の消費社会、人間の無限の欲望というものを前提にした、産業資本主義が、人間と世界を分離して成り立つものとして捉え、引き起こしている問題、有機水...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [3]

 「インドを旅して、旅の中、日本人ですので、自然と御釈迦様の仏蹟を辿ったのですが、赴く度、その旅の道程、「一体お前は何者なんだ?」という問いを、ずっと突きつけられている思いがしました。  それからまた大学に戻り、卒業はしたわけですが、時代がバブルに向かって突き進もうとしている中、人間というものをもう一度根源的に問い直したい、そういう思いが一貫してありました。大学時代にその答えは見つかりませんでした...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [2]

 「学生時代、よく旅をしました。夏休みの前半アルバイトをして貯めたお金で、お盆前に旅を始め夜行列車に乗ると、膨大な数の出稼ぎ労働者と一緒になり、声をかけられ親しくなって、その人の家に泊まったり、そのようなことがありました。 そういう中で日本の社会のあり方に非常に疑問を持ち、一度高校を辞めて、また復学して、そして大学に入ったのですが、やはり自分の求めているものはこれとは違うと思い、大学を二年で休学し...

9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [1]

 さる9月29日、森林公園「くつきの森」にて、環境を考えるシンポジウム「秋の夜長を楽しむ夕べ」が開催されました。 その第Ⅰ部 基調講演で、朽木學道舎師家 飯高転石老師が招かれ「ダルマとディープエコロジー」と題して講演を行いました。約一時間にわたる講演内容を一部抜粋、要約してここに掲載します。 「前置きになりますが、私は千葉県千葉市の生まれで、今から27年前、1980年に、東京からここ朽木へ移り住んできました...

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プロフィール

風轍

Author:風轍
「朽木學道舎ー風と森の学校」は、自己と宇宙の探求の場ーほんらいすべての人の心に内在している叡知に目覚め、根源的な自由と平和を生きようとする、あらゆる人びとのために開かれた、小さな茅葺きの学校です。

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