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灌仏会大摂心に参加して (24) K.E さん

 今回の摂心も、坐禪は全くの未経験の方が数名参加されましたが、全くの未経験でも七日間の摂心を坐り抜けないということはありません。本当の禪の味わいを知る為には、やはり最初の三日の峠を過ぎることが必要ですので、初めての方こそ五日間から七日間を坐られると、言葉ではない確かな実感として、禪の持つ意味を感じられると思います。 ここでは、紋切り型な禪のイメージにあるような、坐っていて少しうとうとしただけで警策...

灌仏会大摂心に参加して (23) K.E さん

 その日の夕方、日が暮れる前に、私も帰路の途に着きました。 普段だと、摂心が終わったその日の内に車で帰ると、車の中では視野の隅々まで意識が行き渡るのを感じ、非常にゆっくりと景色は流れ、体は奇妙なまでに軽く、カーステレオをつけると音が体に沁み込んでいくように感じ、大きく開かれた感覚、坐禪による意識の変化を感じながら帰ったはずですが、今回9日間滞在して、今回の摂心は自分にとって、8日目にして摂心が終わ...

灌仏会大摂心に参加して (22) K.E さん

 翌日、5月8日が当地における月遅れの灌仏会の日ということで、早朝、二炷坐った後、竹竿の先に花束を付けて、庭先に天高く掲げました。  それから粥座を頂いた後は、冬の間使わなかった薪を移動させたり、布団を干したり、建築中だった小屋の骨組みを、これまでの予定より小さくする為に解体したり、摂心中に溜まった諸々の作務を夕方迄手伝いました。 翌日の朝帰られるSさんは、お昼からは坐るのも、辺りを散策する...

灌仏会大摂心に参加して (21) K.E さん

 夕方以降は、また会話をせず坐りました。 夜坐っていると、禅堂の隅のほうで何かがゴソゴソと音を立てていました。ネズミか何かだろうかと思っていると、物陰からネズミにしてはかなり大柄なものがピョンピョンと飛び跳ねながら出てきました。目がとても大きく、尻尾がふさふさして太い動物。ニホンリスでした。 禪堂の中を行ったり来たりし、柱を器用に登ったり降りたりしながら、必死に外へ出られるような場所を探しているよ...

灌仏会大摂心に参加して (20) K.E さん

 摂心は前日に終わったので、その日の午後からは川を遡ったところにある子母婆(コモンバ)の滝へ行きました。 途中まで車で行き、そこからは歩いて向かいました。 軽トラの荷台に乗って風を受けながら、木漏れ陽の林の中を抜けて行き、それから新緑に包まれた道の上をゆっくりと歩いて、景色を楽しみながら滝へ向かいました。 シャクナゲが満開を迎えていました。 滝の周辺はひんやりとした空気が心地よく、足を水に浸してみ...

灌仏会大摂心に参加して (19) K.E さん

 次の一炷目が始まる前に禪堂に戻り、そしてまた坐りました。老師は摂心中に溜まった別の仕事をされていて、禪堂にはSさんと私が衝立を挟んで坐っていました。  前日の食事会が終わった後、Sさんがいろんな考えが出てきてしまって、うまく坐れないと話されていました。 そうしたものが出てくること自体が、それを手放している過程そのものですので、どんなに下らない事が出てきても、又どれほど悲しい事が思い出されたと...

灌仏会大摂心に参加して (18) K.E さん

 翌朝、二炷を坐って粥座が終わり、私は体を休める為に書院の縁側に楽に座って、外の景色をただ眺めていました。 外には朝の光が差し、庭の大葉菩提樹の葉は、その朝の光を透かして輝いていました。本当にいつもの光景であり、毎日大葉菩提樹はいつもこうしてあるはずですが、それは尋常ではない輝きでした。  その大葉菩提樹の姿は、本当に静かで、ゆるぎなく、どこにも行こうとせず、生命を湛え、生を讃えていました。...

灌仏会大摂心に参加して (17) K.E さん

 食事が終わった後も、参禪者同士で長く会話を楽しんでいましたが、今回の摂心に参加された参禪者の方も、一人、一人と、席を立たれ、帰っていかれました。  私は、後二日間仕事の休みをもらっていたので、残り二日間も學道舎に滞在し、摂心によって溜まっている作務を手伝うことになりました。富山県から摂心の四日目にお見えになったSさんも、三日後の5月9日朝まで滞在して坐っていかれるということでした。私も朝と夜は一...

灌仏会大摂心に参加して (16) K.E さん

 その後、摂心終了後の食事会がありました。摂心は終わったので、参禪者は互いに話をしてもかまいません。 料理は、周辺で採れたコシアブラ、ヨモギ等の山菜と學道舎で栽培している椎茸の天麩羅が美しく盛り付けられ、老師の奥様が酢に漬ける段階から作られた鯖寿司等もあり、ご馳走でした。  よく晴れた日で、縁側のガラス戸を開け放ち、外からの空気が気持ちよく、部屋から眺める景色が非常に綺麗でした。参禪者の方の互いの...

灌仏会大摂心に参加して (15) K.E さん

 摂心も七日目、最終日になりました。正午に開静(終了)となります。 摂心の終わりに茶礼がありました。参禪者は、衝立を挟んで向かい合うように坐っていましたが、外側に向かって坐り、御茶を注いでもらい、御菓子を頂きます。茶道はこの茶礼から発展したものです。 静かに御茶と御菓子を頂くと、摂心が終わったことを感じました。 それから全員、単(それぞれの坐る場所)を立って、御聖僧様の方を向き、般若心経を読みまし...

灌仏会大摂心に参加して (14) K.E さん

 最終日に近づくと、坐っていると鐘を叩く音は、自分の頭が叩かれているかのように感じ、外で鳥の声が聞こえただけでその音が頭をカツーンとやるように感じ、床が軋む音がすると、自分が割れるかのように自分の中に響き、その度ごとに思わず頭と体が大きく仰け反りました。 一日の終わりにお経を読むと、グッと掴まれたように自分の意識全てが読んでいる文字そのものになってしまい、お経がお経を読んでいるといった感じで、自分...

灌仏会大摂心に参加して (13) K.E さん

 定力がついてくると、短い睡眠時間でも坐れるようになるので、摂心の日が経つにつれ、五時間、四時間、三時間と、睡眠時間を短くして夜坐をしました。 以前全く眠らずに坐ってみたことがありましたが、次の日の朝の一炷目、二炷目と定力が抜けてしまっていて、姿勢を維持することもうまく出来ないような状態でしたので、私の場合最低二時間は寝ておかないと次の日に支障が出るようです。  初心の方が、無理して夜...

灌仏会大摂心に参加して (12) K.E さん

 食事は作法によって、始まりから終わりまで、一言も話さなくても滞りなく、非常に合理的に行われます。参禪者は応量器と呼ばれる、大中小の三つの漆の器を、摂心中を通して使います。食事が終わると、お湯と沢庵できれいにして、重ねて袱紗に包んで片付けます。 朝食(粥座)と昼食(斎座)には食事の前に、五観之偈(ごかんのげ)、生飯之偈(さばのげ)、三匙之偈(さんしのげ)を読み、食事の後に折水之偈(せっすいのげ)を...

灌仏会大摂心に参加して (11) K.E さん

 独参の場でのやりとりは、参禪者一人一人に即したものであり、人によって全く違った指導の方法を取り得るために、独参の室内での話は、自分と他人の独参を比較して坐禪の邪魔にならないように、決して人に話しても、聞いてもいけないことになっていますが、独参の雰囲気については、紹介しても構わないとのことでしたので、ここで少し述べさせていただきます。  老師の前で礼拝を済ませた後、姿勢と呼吸を整え、自分の坐禅の方...

灌仏会大摂心に参加して (10) K.E さん

 独参は、坐禪の中で感じたこと、疑問に思った事等を老師に尋ね、正しい工夫が出来ているかどうかを、確認する場所です。分からないことや、疑問を持っていたりすると、坐禅の妨げになります。  今回、肉親の死という、人間の避けがたい悲しみを抱えて、参禪に来られた方がいたからでしょうか、悩みを抱えていても、坐る時の妨げになりますので、そうした荷物を下ろす意味で、悩みを持たれている方は、独参の場でその荷物を下ろ...

灌仏会大摂心に参加して (9) K.E さん

 摂心も佳境にはいると、定力がついているので呼吸はより静かになり、体も安定して坐れるようになるので、非常に静けさを意識するのですが、一方で前述したような日常では意識されることのない、内面の激しさというものも、前面に押し出されてくるように思います。  ただ、注意して頂きたいのは、坐禪の中で感じられることは本当に人それぞれで、その人特有のものです。こういった記述を読んだが為に、前もって先入観を持って坐...

灌仏会大摂心に参加して (8) K.E さん

 随息観で重要な点は、無理のない正しい姿勢で足を組み、ただ呼吸に留意する、呼吸を見つめ続けることです。 そして、思いを放つ。さまざまな思いに引き回されない。 目に映るものにも、耳に聞こえる音にも、鼻に匂う香りにも、心に浮かぶ思念にも、なるがままに、それらの一切のことを、相手にせず、邪魔にせずに坐ることです。 摂心も三日目以降、半ばに入り定力がついてくると、あまり坐を立つ必要がなくなるので、外に出る...

灌仏会大摂心に参加して (7) K.E さん

 摂心の四日目、5月3日には、一月に亡くなられた御父様の供養にと、今回初めて坐禪を経験されるSさんという女性の方が、富山県からお見えになり、今回の摂心に参加される全ての人が揃いました。今回の摂心は大型連休に行われるということで、遠方から来られている方がほとんどでした。  実は今回の摂心の数日前、老師の御父様も亡くなられ、老師は摂心の直前まで千葉の御実家に戻られていました。 Sさんがお見えになったので...

灌仏会大摂心に参加して (6) K.E さん

 一日目、二日目は朝晩の冷え込みが厳しく、セーターを着て、毛布を羽織って坐りました。三日目以降は朝晩の冷え込みも、ずいぶん少なくなりました。昼はセーターや毛布があるとかえって暑すぎるので、外さなければならず、そうするとまた徐々に体が冷えてきたりして、こうした季節の方がかえって風邪を引きやすいので、注意が必要でした。  摂心中、5月5日に雨が降った以外は、良い天気が続きました。禪堂の中で坐っていても...

灌仏会大摂心に参加して (5) K.E さん

 摂心の三日目、5月2日には、今回の摂心に参加される大半の方が揃いました。 摂心の参加者は、いつもだいたい男性と女性が半々といった感じです。三日目からは、人も多くなりましたので、一炷ごとに鐘を打つ形になりました。 その一炷の始まり(止静)と終わりの鐘は参禪者が交代で打ちます。専門僧堂では、女性が鐘を打つことはありませんが、ここでは男性、女性、関係なく交代で順番に鐘を打ってもらいます。 ...

灌仏会大摂心に参加して (4) K.E さん

 七日間を坐る摂心では、個人差はありますが、だいたい三日目が峠となります。一日目はそれほど苦もなく坐れますが、同じ姿勢を維持する為、二日目、三日目と足の痛み、人によっては腰など他の部分の体の痛みもだんだん増して行きます。  その三日目までをしっかり坐っておくと、峠を越えた四日目からは、痛みはありながらも、痛みと共に坐れる状態と言うのでしょうか、耐えられない痛みといった感じではなくなります。ここから...

灌仏会大摂心に参加して (3) K.E さん

 最初の一日目、二日目は、より徹底して坐る意味で、それぞれが自分に合った時間で坐るということになりましたので、私は禪堂内で坐る他にも、早朝や晩は外で坐ったりもしました。 學道舎の裏手の山は、途中まで15分程で登れる道がついているのですが、その行き止まりまで上って、大きな杉の大木の下に、じかに、坐布を用いず、すぐ横を流れるせせらぎの音を聞きながら、坐ったりしました。  また學道舎の前の川に渡された、...

灌仏会大摂心に参加して (2) K.E さん

 あくる朝30日より、摂心が始まりました。  摂心のスケジュールは、夏時間なので、4時振鈴(起床)、4時20分より二炷(一炷(いっちゅう)は約40分)の坐禪、7時に粥座(朝食)、8時20分より三炷の坐禪、11時半に斎座(昼食)、13時20分より三炷の坐禪、16時30分より薬石(夕食)、18時20分より三炷の坐禪、一日の最後に四弘誓願文(しぐせいがんもん)と普回向(ふえ...

灌仏会大摂心に参加して (1) K.E さん

 K.E さん 滋賀県在住 30代前半 男性 まず、前置きになりますが、この灌仏会大摂心の感想は、摂心の個人的な体験記であると共に、摂心に参加されたことのない方、また坐禪に関心がありながら、禪の敷居の高さに実際に参禪することをためらわれているような方の為に、摂心というものが実際にどのように行われているのか、また実際の参禪はどのようなものなのか、そのガイドのような形で書いていきたいと思います。  多くの方...

4月30日~5月6日 灌仏会大摂心

  4月30日より5月6日まで、灌仏会大摂心が行われました。 5月5日に雨が降った以外は、非常に好天に恵まれ、春が丁度この時期に訪れる当地の、一年で最も美しい新緑の景色、風の爽やかさ、春の訪れを告げる鳥や動物たちの声、そういったものに終始囲まれての摂心となりました。 今回参加された参禪者の皆さんも、こうした自然環境の中で坐ることの意味と素晴らしさを、それぞれ感じられたと思います。 今回の摂心に参加...

Appendix

プロフィール

風轍

Author:風轍
「朽木學道舎ー風と森の学校」は、自己と宇宙の探求の場ーほんらいすべての人の心に内在している叡知に目覚め、根源的な自由と平和を生きようとする、あらゆる人びとのために開かれた、小さな茅葺きの学校です。

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