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パンと一枚の板

1月8日(日)旧暦師走9日 晴れ時々、雪

日曜なので、雪が一段落してから本格的に雪かきをしようと、午前中、テレビを観ていたら、熊森協会のTさんがパン持って来て下さる。お連れ合いと朽木温泉に来たついでだと言われたそうだが、温泉からは25キロ以上あり、しかも雪深い山奥まで来て頂き、感謝感激雨霰だ。小生は隠寮にいて、お会いできずに残念だった。

昼食後、雪かき。いよいよ草堂を掘り出さねばならないような雪になった。

夜、長年の友人である芦屋の絵描きのNさんが仲間と来る。禅堂が始まってから、向かいの友人宅に泊まってもらっている。ここ針畑郷に移住して、最初にできた友人なので、付き合いは、かれこれ27年になるのだろうか。

雪景色を求め針畑川を遡ってきて、雪の中で、終日、キャンパスに向かっていた。当時、この谷は、村の中でも過疎の代名詞になっていたようなところで、住民は、数年前に亡くなられたオジイサンと、われわれだけだった。訪ねてくる人もなく、なかば人恋しくて、「薪ストーブが燃えていますから、良かったらお茶でもどうぞ」の一声から始まった付き合いが、すでに四半世紀もつづいているのだ。

それから毎年、小生も芦屋に出向いて、彼らの絵の先生宅の庭作りのアルバイトをしたり、楽しい時間を過ごさせてもらった。このところ、お互いに年をとり、一年に一度くらいしか会えなかったのが残念なのだが、会えば芸術論や骨董の話で盛り上がる。

そのNさんから、一枚の板を頂く。この板については、近いうちにニューズレター「風轍」に
書くつもりなのだが、東大寺大仏殿の屋根瓦の下に敷いてあった「土居葺板」と称するものだ。昭和の大修理で新材に取り替えた際に降ろしたものだそうだが、その由緒から遠忌などの法要の引き出物として、参列者に配るものだそうだ。

この針畑郷は、古代において大陸と奈良の都を結ぶ道が通る土地。學道舎の石垣の下がその名残だ。東大寺二月堂のお水取りの水源が、山を越えた若狭の遠敷にある。小生は荒廃していたその道を伐り開き、小浜へ禅の修行に通った。

そして、高島の奥である朽木は、東大寺造営の際、その建築用材を伐りだし、琵琶湖の水運を利用して奈良まで運んだという記録が残る場所なのだ。創建時の大仏殿は、確か、平家の焼討ちに遭い、現在の大仏殿は江戸時代元禄年間の再建だ。ということは、頂いたこの板が高島から運ばれた可能性はないとは思うが、やはりその由来に懐かしさを覚えるのを禁じ得ない。

添付されていた由来書きには、花台にでも使うようにとあるが、隠寮の額にでもしようかと思う。木目の込んだこの板がスギなのかヒノキなのか確かめようと鼻を近づけて匂いを嗅いだら、強いお香の臭いがする。何百年に渡る、数しれない人々の祈りの線香の香りが、巨大な大仏殿の屋根まで立ち上って染み込んだのだろうか。

いずれにせよ、ダルマを伝え、生命の源である水や空気、それらを育んでくれる森や樹木についての啓蒙や保全活動を展開すべく、新たな気持ちで取り組もうとしていた年の始めに、その両方にかかわるものを頂き、人生の不思議に思いを馳せる。


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Author:風轍
「朽木學道舎ー風と森の学校」は、自己と宇宙の探求の場ーほんらいすべての人の心に内在している叡知に目覚め、根源的な自由と平和を生きようとする、あらゆる人びとのために開かれた、小さな茅葺きの学校です。

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