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9月29日 朽木の森フォーラム 基調講演 「ダルマとディープエコロジー」 [5]

 「現代において、仏教にはそれぞれの宗派があり、別々の教義から物事を考えているわけですが、禅というものは、そういうものでありません。
 全て、釈尊が御自分自身を探求した、人間というのは、どういう存在なのかということを探求した上で、初めて説かれているものです。
 
 ダルマとは、存在の真理のことを言います。それは人間の一切の介在を許さないものです。目を見えなくさせている、人間のはからいの全てを捨て、存在の事実、生きている事実、生命の事実に目を見開く、目覚めるということです。

 
 例えば、我々がどれほど思いのままに呼吸をコントロールしようとしても、ずっと息を止めていることが出来るわけではありません。出た息がまた入ってこなければ、それで人の命は終わりです。我々の生命は、吸う息と、吐く息の間にしかないと言えます。
 
 また、肉体が生命を維持する為に、人が意識しなくても、いつでも呼吸によって酸素を取り入れているわけですが、その酸素は、太陽があって、植物が光のエネルギーと、水と二酸化炭素をつかって光合成をしてくれるおかげで作られ、そのことによって我々は生きています。
 我々の生命というものも、我々の体の中にだけ、閉じられているものではありません。
 この地球上の、大気中の酸素の組成が、今より多くても少なくても、我々は生きられません。

 我々が築いてきた文明は、我々を取り巻いている自然、環境というものから独立した、人間というものがあって、その人間が環境に手を加える、さらに言えば破壊しても大丈夫だと、そのように世界と人間を、分離した対立項として捉え、社会、ひいては文明を作り上げてきたわけですが、そこには本質的な間違いがあったわけです。



<つづく>

 
 
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Author:風轍
「朽木學道舎ー風と森の学校」は、自己と宇宙の探求の場ーほんらいすべての人の心に内在している叡知に目覚め、根源的な自由と平和を生きようとする、あらゆる人びとのために開かれた、小さな茅葺きの学校です。

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