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灌仏会大摂心に参加して (3) K.E さん

 最初の一日目、二日目は、より徹底して坐る意味で、それぞれが自分に合った時間で坐るということになりましたので、私は禪堂内で坐る他にも、早朝や晩は外で坐ったりもしました。
 學道舎の裏手の山は、途中まで15分程で登れる道がついているのですが、その行き止まりまで上って、大きな杉の大木の下に、じかに、坐布を用いず、すぐ横を流れるせせらぎの音を聞きながら、坐ったりしました。
 
 また學道舎の前の川に渡された、大きな丸太二本を渡して作られている、橋の上で坐ってみたり、川べりで坐ったりもしました。その橋は、昨年の夏に老師が参禪者と渡したものです。
 一日目はまだ、川上にある大きな桜の木は、花を付けていて、非常に美しい佇まいを見せていました。
 二日目はわずかの風に、花が舞い落ちていくのを見ました。桜の花びらが絶え間なく川面を流れていく中、カジカの独特の鳴き声とせせらぎの音を聞きながら、橋の上で坐りました。 
 三日目には、花は全て散ってしまいました。
 
 こうして文章に書くと、何か美しさに酔っているかのように見えてしまいますが、他の時ならともかく、摂心の時はそういった余裕はありません。
 普段の生活を離れて、こうした自然環境の中で一週間を過ごすだけでも、何らかの気付きといったものが得られるかもしれませんが、こうして一週間坐り通せる機会というのは一年において、また人生においても、そうあるものとは限りませんので、油断なく呼吸を見つめることに徹します。
 初心の内は外の環境にどうしても注意が引きずられますが、そうしたことも無くなれば、ただ呼吸を見つめることに徹底するのみです。
 
 もちろん、自然の移り変わりに対して敏感であり、無常に気づくこともまた、大変な修行であることに変わりはありません。それゆえ、古人も修行の場として、山深い場所を選んできたものと思います。

            
                                                  <つづく>


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Author:風轍
「朽木學道舎ー風と森の学校」は、自己と宇宙の探求の場ーほんらいすべての人の心に内在している叡知に目覚め、根源的な自由と平和を生きようとする、あらゆる人びとのために開かれた、小さな茅葺きの学校です。

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