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灌仏会大摂心に参加して (5) K.E さん

 摂心の三日目、5月2日には、今回の摂心に参加される大半の方が揃いました。
 摂心の参加者は、いつもだいたい男性と女性が半々といった感じです。三日目からは、人も多くなりましたので、一炷ごとに鐘を打つ形になりました。
 その一炷の始まり(止静)と終わりの鐘は参禪者が交代で打ちます。専門僧堂では、女性が鐘を打つことはありませんが、ここでは男性、女性、関係なく交代で順番に鐘を打ってもらいます。
 
 坐っている時は、自分の坐禪の変化、深まりというものは、案外あまり分からないものですが、定が深まってくると、鐘を打った時に、安定して、澄んだ音が出るようになります。そうした変化に気づくことも、とても重要です。聞こえ方も変わってきます。
 
 摂心のおよそ三日目までは、前述したとおり、体の痛みなどで、楽なものであるとは言い難いものです。そういった痛みも、坐禅を継続していく内に、だいぶ慣れてしまうものなのですが、初めの内は特に厳しいものに感じられると思います。
 
 不思議なことなのですが、既に定力がついて、非常に深く、静かに、落ち着いて坐っている人が、一緒に坐っていると、その人の定に同調する、引き寄せられるという感じでしょうか、それほど坐禪の経験のない方でも、三日もかからずに深く坐ることが出来るようになります。
 
 こうしたことは一人で坐っている時には起こりえないものです。
 もちろん、新しく見えられた参禪者の方々が、深い問題意識を持って坐禅に向かわれているからこそであることは、言うまでもありません。
 新しく参禪者の方が来られれば、坐っていても禪堂内に多少ざわつきがあるものですが、その日から禪堂内は非常に静かでした。
 とても不思議に感じられる程の静けさでした。


                                                 <つづく>


IMG_6308_edited.jpg


 
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Author:風轍
「朽木學道舎ー風と森の学校」は、自己と宇宙の探求の場ーほんらいすべての人の心に内在している叡知に目覚め、根源的な自由と平和を生きようとする、あらゆる人びとのために開かれた、小さな茅葺きの学校です。

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