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灌仏会大摂心に参加して (18) K.E さん

 翌朝、二炷を坐って粥座が終わり、私は体を休める為に書院の縁側に楽に座って、外の景色をただ眺めていました。

 外には朝の光が差し、庭の大葉菩提樹の葉は、その朝の光を透かして輝いていました。本当にいつもの光景であり、毎日大葉菩提樹はいつもこうしてあるはずですが、それは尋常ではない輝きでした。
 
 その大葉菩提樹の姿は、本当に静かで、ゆるぎなく、どこにも行こうとせず、生命を湛え、生を讃えていました。その姿は時間性というものを持ちませんでした。

 それから私は外に出て、木の橋を渡って川の堤防沿いを歩きました。
 冬の間は殆ど姿を見ることのなかった鳥が、電線に止まって私のすぐ上で、機敏に頭と体を動かしながら、賑やかに長く囀っていました。その姿にはどこにも人間のような緊張も、苦悩の兆しもありませんでした。
 ただ命を生き、寛ぎきって、春を謳っていました。

 本当に静かで美しい、春の日でした。
 なんということだろう、と思いました。
 この世界の中で、自分だけが世界を逆さまに見、錯覚し、いいものを悪いと言い、ないところに邪悪なものを見、激しい感情を隠し、後ろ手にナイフを隠すかのように自分を抑えて生きている、自分の愚かさ。
 我々もまた存在そのものから離れたことは一度として無いにもかかわらず、自己というものが生み出す境界の中で、その限られた領域を永続的に保持しようとして苦しむ。
 
 いつも、世界はこのようにして在った。
 春の静かな美しさの中を歩きながら、私は自分の愚かさを深く恥じていました。


                                                 <つづく>



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Author:風轍
「朽木學道舎ー風と森の学校」は、自己と宇宙の探求の場ーほんらいすべての人の心に内在している叡知に目覚め、根源的な自由と平和を生きようとする、あらゆる人びとのために開かれた、小さな茅葺きの学校です。

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